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山口地方裁判所 昭和33年(行)7号 判決

原告 藤井了

被告 山口県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が別紙目録記載の土地について買収期日を昭和二十二年十二月二日と定めて行なつた農地買収処分、及び売渡期日を右同日売渡の相手方を守田年一と定めて行つた農地売渡処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

請求の原因として、

一、被告は、原告所有に係る別紙目録記載の土地(以下本件農地と略称する。)につき、訴外山口県熊毛郡勝間村(現在熊毛町)農地委員会が、昭和二十二年十月、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)に基づき買収期日を同年十二月二日と定めて樹立した農地買収計画に基づき、買収令書を原告に交付して農地買収処分を行つた上同二十二年十二月二日付を以て本件農地につき訴外守田年一を売渡の相手方とする農地売渡処分を行つたと主張している。

二、しかし、本件買収処分には以下述べる瑕疵があるから無効である。

(一)  被告は本件買収処分について本件農地の所有者である原告に対し買収令書を交付しないから本件買収処分は効力を生じない。

(二)  被告は本件農地が自創法所定の小作地に該当するものとして本件買収処分を行つたのであるが、本件農地については当時小作関係は存在しなかつたのである。即ち、本件農地中別紙目録記載(一)、(二)の各田地は昭和五年頃から、同(三)の畑地は同十二、三年頃からそれぞれ期限の定のない賃貸借契約に基づき訴外守田年一に小作させていたが同二十年十二月、原告と守田は合意により同二十年度の約定小作料俵当り二十二円三十八銭の割で三十一俵二斗分のところを二十五俵分に減額し、一年後の同二十一年十二月末日限りで賃貸借を終了させ守田より原告に本件農地を返還することを約したので、右約定に従つて同二十一年十二月末日限りで原告と守田との間の本件農地の賃貸借関係は消滅した。その間、同二十一年十一月二十二日農地調整法の改正法律が施行され、農地の賃貸借の解除、解約には都道府県知事の許可を要することに改められ、原告としては、本件農地の右賃貸借の解約は右改正法律施行前に成立した合意であるから県知事の許可を得る必要はないものと信じたが、勝間村農地委員会の要求もあつたので形式上だけの手続として解約許可の申請をしたところ、被告は実情の調査もせずに右申請を不許可に付した。しかし、右解約の合意は右改正法律施行前に成立していたのであるから本来右解約については県知事の許可を必要とせず、被告としては、原告が形式上だけの手続として解約許可の申請をした場合には当然これを許可すべきものである。されば、被告の解約不許可は違法であり、右不許可処分に拘りなく右解約は有効である。仮に、右解約について県知事の許可が必要であつたとしても、右不許可処分は実情調査もせずに既に右改正法律施行前に当事者間に解約の合意が成立していた事情を無視して行なわれた点で違法であるから右解約は有効である。従つて、本件買収処分は小作地でないものを小作地として買収した無効な処分と云わなければならない。

三、右に述べたように、本件買収処分が無効と解すべきである以上、本件買収処分の有効なことを前提とする本件売渡処分も無効である。

と述べ、

被告の抗弁に対し、被告が昭和三十二年八月二十六日本件農地の買収令書を原告に宛て郵送し、同年九月六日付山口県報に本件農地の買収処分の公告をしたことは認めるが右買収令書の交付及び公告は以下述べる理由で無効である。即ち、

一、原告は、同三十二年八月二十八日、右買収令書を受領したが、即日、郵便で被告に宛て返送したから右買収令書の交付は効力を生じない。

二、右買収令書の交付及び公告は無効な買収処分の追認としてなされたものとみなすべきであるが、凡そ無効な行為が追認により有効となるものでないことは民法第百十九条に明かであり、且、右買収令書の交付及び公告は農地法所定の手続を践まずになされた違法のものであるから同条但書に謂う新な行為としての効力もない。

三、原告は住居移転等による住居の不明を来したこともないのに、被告は、約十年の長年月にわたり買収令書の交付を怠り、原告が被告を相手として別件の農地買収処分無効確認訴訟を提起するに及んで漸く買収令書の交付及び公告を行つたのであるから、右交付及び公告は公序良俗に違反する行為として無効である

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、

答弁として、原告主張事実中、その一、の事実、原告と訴外守田年一との間に本件農地の賃貸借契約が締結されていた事実及び被告が原告の本件農地に対する賃貸借契約解約許可申請を不許可に付した事実は認めるが、その余の事実は否認する。本件農地は本件買収処分の行われた当時右賃貸借契約に基づき訴外守田年一が耕作する小作地で自創法第三条第一項第二号に該当したので、訴外勝間村農地委員会は、同法第三条に基づき昭和二十二年十月二十五日、原告所有の他の農地と共に本件農地の買収計画を樹立し、同日、その旨を公告の上、同日より十日間書類縦覧の手続を執り、被告は、右買収計画に基づき適法に買収処分を行い、同二十三年一月十五日頃、勝間村農地委員会書記原田美三男をして、同二十二年十二月十日付買収令書を原告に交付させ、同年十二月二日、自創法に基づき右買収に係る本件農地を訴外守田年一に売り渡した。ところが、昭和三十二年に至つて、原告が、右買収計画に基づき本件農地と共に買収された他の十八筆の土地につき、被告を相手として農地買収処分無効確認の訴を提起したので、被告は、右買収令書交付の事実の立証が不十分な場合を慮つて、同年八月二十六日、原告に対し本件買収処分の買収令書を再交付したところ、同月二十八日、原告が右買収令書を返送したので、同年九月六日付山口県報に本件買収処分の公告をした。しかして、原告と守田年一の間において本件農地の賃貸借契約が合意解約された事実はないから、被告が原告の解約許可申請を不許可に付し小作地として買収したことに違法はない。されば、本件買収処分及び売渡処分には原告の主張するような違法はなく共に適法であると述べた。(立証省略)

理由

原告主張事実中その一、の事実については当事者間に争がない。そこで、先ず、第一の争点である買収令書の交付の点について判断する。昭和二十三年一月十五日頃、原田美三男をして本件買収処分の買収令書を交付させたとの被告主張事実については、これを認めるに足る証拠がない。しかし、被告が昭和三十二年八月二十六日本件農地の買収令書を原告に宛て郵送し、原告が同月二十八日右郵送に係る買収令書を受領の上即日返送したことは当事者間に争のないところである。原告は右買収令書を即日返送したことを理由に買収令書交付の効力はないと主張する。しかし、相手方が受領を拒む等のため配達ができなかつた場合を除き、郵送された買収令書の配達が済んで相手方の手許に届いた以上、相手方としては、買収令書の内容を了知し得る状態に立ち到つたわけであるから買収令書交付の目的は達せられたとしてよく、されば、原告が郵送された買収令書を受領した以上、買収令書の交付は効力を生じ、受領に係る買収令書を即日返送した事実があつても買収令書交付の効力は左右されないと解すべきである。また、原告は、民法第百十九条を援用して無効な買収処分は追認により有効となるものではなく、且、右買収令書の交付は農地法所定の手続を践まずになされているから新な行為としての効力もないと主張する。しかし、右買収令書の交付及び公示は、本件買収処分を完成するためなされる一連の手続の一環をなす行為であつて民法第百十九条に謂う無効行為の追認に該るものでないことは明かであり、農地法施行法第二条第一号によれば、自創法第六条第五項の規定による公告のあつた農地買収計画に係る農地で農地法施行の時までに買収の効力が生じていないものは従前の例により買収する旨規定されているが、本件農地について、農地法施行前に買収計画が定められ、買収計画の公告が行われたことは、被告の争わないところであるから、右買収令書の交付が農地法所定の手続によらなかつたことは正当で、原告の右主張は理由がない。更に、被告は、右買収令書の交付及び公告が公序良俗に違反し無効であると主張する。右買収令書の交付が、買収計画所定の買収時期より約十年を経過し、原告が被告を相手として右買収計画に基づき本件農地と共に買収された原告所有の他の農地について農地買収処分無効確認の訴を提起した後になされたことは当事者間に争がない。しかし、買収令書の交付は農地改革という公益上の目的に副つて行なわれた農地買収処分の完成のため必要な手続としてなされるものであるから、その交付の時期について右のような事情があつたとしても右買収令書の交付を目して公序良俗違反の行為と云うことはできない。もつとも、公序良俗違反の点を離れても、買収計画所定の買収時期後約十年という長年月を経た後になされた買収令書の交付が、行政行為として効力を有するか否かについてはなお検討を要することであるが、弁論の全趣旨によれば、本件農地については、昭和二十三年に買収令書の交付があつたものとして買収手続が進められ、買収処分の存在を前提として旧小作人の守田年一に対する売渡処分も完了し、以来今日に至るまで同人において自己の所有地として本件農地の耕作を続けており、原告としては、買収計画樹立以来本件農地につき買収手続の進められていることを知悉し、耕作その他現実の利用関係を有していなかつたことを認めることができるから、右買収令書の交付により遡つて買収の効力が生じたとしても、そのために本件土地を廻る法律関係及び事実関係の安定が損われて原告が予期しない不利益を蒙るとは認め難く、むしろ、右買収令書交付の効力が否定された場合こそ本件農地の買受人である現耕作者の地位を覆えし法律関係及び利用関係の安定を損う虞があると、云わなければならない。従つて、本件買収処分については昭和三十二年八月二十八日有効に買収令書の交付がなされたものと解すべきであるから原告のこの点に関する主張は理由がない。次に、第二の争点である本件買収処分の行われた当時本件農地が小作地であつたか否かの点につき判断する。本件農地中別紙目録記載(一)、(二)の各田地については昭和五年頃、同(三)の畑地については同十二、三年頃、それぞれ原告と訴外守田年一の間に期限の定のない賃貸借契約が締結され守田年一が小作していたことは当事者間に争がない。原告は、昭和二十年十二月原告と守田年一との間に翌二十一年十二月末日限りで本件農地の賃貸借を終了させ土地を原告に返還する旨の合意が成立したと主張するが、両者間にかかる合意の成立したことを認めるに足る証拠はなく、成立に争のない甲第一、二、四、五号証を綜合すれば、昭和二十年度の守田年一の小作料が約定の三十一俵二斗分から二十五俵分に減額されたことは認められるが、これは同年度の風虫害による減収を理由とするもので、本件買収処分が行われるまで本件農地については原告と守田年一との間に賃貸借が存続していたことを認めることができる。されば、本件農地を自創法第三条第一項第二号所定の小作地として買収した処分に違法の点を認めることはできず、本件農地について賃貸借の合意解約が行なわれたことを前提とする原告の主張は肯認することができない。従つて、本件買収処分には原告の主張するような瑕疵を認めることはできず、本件買収処分の無効を主張する原告の請求は失当である。次に、本件売収処分の無効を認めることができない以上、本件買収処分の無効であることを前提として本件売渡処分の無効を主張する原告の請求の理由のないことも自ら明かである。よつて、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川四海 五十部一夫 高橋正之)

(別紙目録省略)

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